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12月30日
「主よ、人の望みよ喜びよ」  ローマ8:31  

教会音楽のルーツとまで呼ばれている作曲家J.S.バッハは悲惨な時代に生きていました。9歳のときに父を、10歳の時に母を失い、21人も子供が与えられたのにその半分は先だたれたというのです。もしも私たちが愛する人を次々に失っていくような立場におかれたとしたら、まず神様を恨むか、自分自身の人生を呪ったりするのではないでしょうか。しかしバッハはこのような目を覆わんばかりの悲惨な状況にあっても「主よ、人の望みよ喜びよ」という世界的に有名になった曲を書き綴りました。すなわち、彼は最悪の状況にあっても神様への望みを失うことはなかったのです。ローマ書に記述されているように、いつでも、どんなときでも「神様は私の味方」という宣言を感謝の土台に置いたのです。私たちも同様で、父、子、精霊なる三位一体の神様のすべての人格が私たちをとりまくように守ってくださるのです。聖書の宣言は「主は私の味方」なのですから、このことを励みとし、主への感謝のうちに歩んでいきましょう。

12月23日 「神様からのプレゼント」  ルカの福音書2:1〜21 

 毎年クリスマスの季節になると世界中でイエス・キリストの誕生が祝われます。またクリスマスといえばプレゼントを連想される方が多いと思いますが、イエス・キリストこそ全人類に対する神様からのプレゼントであることをご存じない方は多いのではないでしょうか。イエス・キリストは今から約2000年前ユダヤの地ベツレヘムの馬小屋で誕生されました。その後成長したイエス様は私たちが天国へ行けるようにすべての人間の罪を背負われ十字架上で身代わりの死を遂げてくださいました。私たちが天国へ入れるかどうかはあなたがイエス様をご自身の救い主と信じるかどうかで決まります。神様からのプレゼントは今皆さんの目の前にあります。そのプレゼントを受け取るかどうかそれはあなた次第です。せっかくの神様からのプレゼント どうか無駄にしないでください。

12月9日 「神様は完全な方」 創世記1:31、エペソ4:3   

神様が創られた自然界は、全てが完璧で無意味なものは一つもありません。その秩序を乱しているのは人間です。
神様と私たちとの愛の関係も同じように、神様から与えられたときは最良のものであり、私たちの努力や行動で良くしていく必要はありません。
しかし、人間が自然界を壊しているように、神様との愛の関係も、私たち自身で壊してしまっていませんか?
私たちは日々、御言葉を学び、神様との関係を保ちましょう。

12月2日 「自分を低くする者2」 ルカの福音書 18章9節〜14節 

 このたとえ話の中のパリサイ人は、自分と他人の比較の中でしか生きていない人の姿を描いています。それに対し取税人は、神様の前に低く、謙遜な人の姿を描いています。実はそのたとえ話をされたイエス様自身が、神様と人の前に、最も低くなられた方なのです。イエス様は天地万物の創造主なる神様です。しかし神様と等しい境遇を捨てて、人間の姿をとり、この人間の世界に来てくださいました。それがクリスマスです。そして生涯の終わりには、十字架の上で私たち人間が裁かれるべき罪の刑罰を、身代わりになって受けて下さいました。私たちひとり一人が救われるために、大きな苦しみに耐えてくださり、いのちを捨ててくださいました。神様は私たちを愛し、私たちをあるがまま受け入れてくださいます。

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11月25日 「本当に必要なもの」 ヨハネ6:47〜51 

日本人口は世界人口の2パーセントを占めるが食料消費は17パーセントを占める。日本人はグルメに染まった民族といえる。そんな私達がいまひとつピンとこない御言葉が「人はパンだけで生きるのではない。」という言葉である。日本人にとってわかりやすく言い換えてみると「人は金だけで生きるのではない。」となるだろう。日本は拝金主義が横行しており、金がふんだんにあれば最高に幸せになる、という幻想が支配している。しかし実は人間に必要なのは「私はいのちのパンです」と仰せになられた方である。人間に必要なのはパンではなく、これを語られたイエス様である、ということだ。神様が与えてくださる永遠のいのちに至る救い主なるイエス様を、心を開いて受け入れるだけで罪赦されて永遠のいのりを得る。ただ、頂くだけの救いをぜひ受け入れていただきたい。

11月18日 「自分を低くする者」 ルカの福音書18章9節〜14節 

 たとえ話の取税人は、自分がどうしようもない罪深い人間であることを痛み悲しみ、罪のゆるしを神様に求めていました。これこそ救われるための、永遠の命を得るための出発点です。そして神様の愛、あわれみ、ゆるしがイエス・キリストの十字架です。私たちは人と比較すると、自分に価値がない者と思うかもしれません。でも神様は違います。神様がご自身の愛するひとり子であるイエス・キリストの命を犠牲にしてまで、私たちを救ってくださいました。私たちはそれほどまでに価値のある者なのです。本当に人の価値を決めるのは人間ではなく、神様です。神様こそが、その人にとって本当に生きる価値を与えてくださいます。

11月11日 「水路のそばに植わった木のように」 -詩篇第1編より-  

詩篇第1編は、神様を信じている人と信じていない人の比較になっています。
神様を信じている人は、水路のそばに植わった木のようだと語られています。水路にはいつも新しい水が流れており、その水を吸って成長した木は、時が来ると実がなり、いつまでも栄えます。水は聖書のみことばを意味します。みことばはいつも新鮮で私たちに新しい力を与えてくれます。私たちはみことばによって成長するのです。一方神様を信じない人は、風が吹き飛ばすもみがらのようだと書かれています。もみがらには中身がありません。また、軽いので風が吹くとどこかへ吹き飛んでしまいます。これは価値がなく不安定であることを表しています。また、神様を信じていない人は神様を信じている人と同じ場所(天国)には行くことはできません。あなたも神様を信じ、水路のそばに植わった木のように神様によって成長し、本当に価値ある人生を歩んでくださいますように・・・。


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10月28日 エステル記1章より    

 アハシュエロス王は強大な国の王であった。周辺諸国の王たちを招いて180日にも渡って宴席を開きその権力を誇示した。さらに王は、自らの妻を自慢しようと呼び寄せたが、王妃ワシュティはこれを拒否した。諸国の王すら反抗することができぬアハシュエロス王の言葉にただ1人反抗した。怒ったアハシュエロス王は「知恵ある者」と呼ばれていた占い師に相談し、一国の法律に「妻は夫に従うもの」を制定した。権力ある者の暴走の果ては、所詮「自己中心」である。人間すべてが持っている「罪」の本質だ。本質的に罪人である私達は神様から裁かれてしまう存在である。が、この罪人を神様はこよなく愛してくださり、全人類の裁きの身代わりとしてご自身のひとり子であるイエス様を十字架上で裁かれたのである。感謝

10月21日 「主が戸を閉ざされる前に」  創世記:6〜8章 

 ノアはこの時代神様が唯一神様に従っている人間だと認めていました。堕落し、神様を無視している人間を水でもって滅ぼすと神様はノアに仰せられました。箱船を造り、そこにノアの家族ときよい動物を入れなさいという命令に対しノアは実に100年間神様の命令に従い、周囲の反対、ののしりをよそに作り続けました。とうとうその時が来て主は全ての肉なる物の雄と雌が箱船に入ったとき、神様はノアのうしろの戸を閉ざされました。
 現代の私たちも全て神様の決定により生かされ、福音を聞き、そして命を取られます。その時は主(神様)が決めるのです。是非神様の愛を主が戸を閉ざされる前に知ってください。

10月14日 「創造論」 第1テサロニケ 5:23 創世記 1:26,27  

 人間の起源について論じられるとき一般的には進化論が支持されていますが、実際に細部まで調べてみると、進化論というものが非常に矛盾が多い穴だらけの仮説にすぎないことが判ります。では、人はどのようにして出来たのでしょうか?
 聖書によると、天地万物を神様が創造されたことが読み取れますが、その被造物の中でも人間だけが特別な存在として創られたことが判ります。人間にだけ他の動物にない「霊」という要素が与えられ、神様と交わりを持つことが出来ます。神様は私たち一人一人を「愛の対象」として創ってくださいました。
 神様が常に私たちを愛してくださっていることを聖書から確信して、喜びをもって歩んでいきましょう。

10月7日 「あってはならない」 ルカの福音書20章9節〜19節 

 イエス様の話の中で引用されている「家を建てる者たちの捨てた石」「礎の石」というのは、まさにイエス様のことです。「みんなは私をいらないものだと言って、十字架につけて殺してしまいます。けれども神の国は私、イエス・キリストをなくしては、絶対建てることはできません。」ということを、イエス様は言われました。最も大切なイエス様を、当時のユダヤ人は殺してしまいました。そして神様は、ユダヤ人に代わって私たちクリスチャンにブドウ園を任されたのです。すなわち私たちは神様の農夫であり、これは私たちの権利です。そして私たちにこのすばらしい権利をお与えになるために、神様はご自分の愛するひとり子を犠牲にして、私たちの罪を解決されたのです。ぜひそのことを覚えて歩んでくださいますように。

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9月30日 「神の愛」 ローマ書3:23、24節 

 人間は生物界でも唯一争いを好む種と分析する学者がいる。たとえば単細胞生物であるミドリムシは、プランクトンを食し、自らを分裂することで固体を増殖させていくが、あまり増殖すると食料であるプランクトンが不足し、争いが発生し生存競争が始まると考えてしまうだろうが、彼らはそうではない。自らの体に水中の排泄物濃度を感知するセンサーが備えられており、一定の濃度に達すると彼らは群れ全体で生態活動を止め、プランクトンがまた新たに発生すると活動再開する本能を備えている。小さな生物であるのに、彼らは自分のことだけでなく群れ全体を守ろうとするのだ。ところが人間は限られたものを対象に争うことを好む。この自己中心的な思いを罪であると定め、さらに、私達に罪を犯している存在だ、と宣言している。ただし、神様は私達と創造された愛なる方であるがゆえ、罪を身代わりに背負って死に、甦られ、私達に救いの道を与えてくださった。さあ主であるイエス様を信じよう。

9月23日 「光とやみ」  創世記1章3〜4節 

 この世界はたくさんの色で成り立っています。しかしこの色は光(太陽の光)がないと私たちの目で認識することはできません。
 3節で神様は「光よあれ」とおっしゃいました。このことにより物理的な光と私たちへの心を照らす光(神様の栄光を知る知識)を与えてくださいました。
 4節では光とやみを完全に区別されたとありますが、イザヤ書では光は平和をつくり、やみはわざわいを創造するとはっきりと書かれています。
 私たちも光の中にとどまり神様の方へと向かい続けましょう。

9月9日 「友よ あなたの罪は赦された」 ルカ5:17〜26  

 イエス様が会衆に話をされているとき、4人の男が1人の中風で苦しんでいる男性を天井を突き破って無理やりに床のままおろしてきた。そこでイエス様は「友よ。あなたの罪は赦されました。」と語られた。この言葉を聴いて2つの受け取り方があった。パリサイ人らは、権威ある者として語られたので、これを非難した。理屈を述べた、と書いてある。私達も実在する神様、死後の永遠の存否について身勝手な理屈を述べて自分勝手なことを述べていないだろうか。実は、聖書の記述は合理的にとらえることも可能だ。これを理屈をもって非難し、自己中心の考えに耽溺することは人間の罪である。罪を赦す権威をお持ちなのは神様だけだ。また一方で、「友よ」と言われた。感激したのは、中風の人とその友人らであろう。奇蹟をなし、人間の力ではどうしようもできない病、心の罪の問題を解決してくださると信じてイエス様の御前にやってきて、さらに「親しきもの」と呼びかけられたのだ。これが神様の愛である。同じ呼びかけが私達になされている。イエス様の呼びかけに応えよう。

9月2日 「そんなことが・・・」 ルカの福音書20章9節〜18節 

 このたとえ話には神様とユダヤ人の歴史が要約されています。神様はユダヤ人を選ばれましたが、彼らは神様から離れてしまいます。神様は預言者たちをつかわしますが、彼らは悔い改めません。そこで神様はご自分の愛するひとり子イエス・キリストを遣わします。でもユダヤ人たちはイエス様を敬うどころか、殺してしまいます。私たちも神様によって創造され、命を与えられました。しかし神様を忘れ、神様の望まない人生を歩むならば、ユダヤ人と同じ罪を犯しているのです。今から2000年前、イエスキリストは十字架で殺されました。しかしそれはすべての人間の罪をあがなうためでした。すなわち私たち人間の罪がイエス・キリストを十字架につけたのです。それは同時に、神様が人間に与えられた救いの方法でもあったのです。


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8月26日 「人生にとって絶対に必要なもの」   

あなたがたは、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、何よって塩けをつけるのでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて、人々に踏みつけられるだけです。 マタ5:13

 塩分は人間の生体機能にとってなくてはならないものです。同じように、人生にも塩けと同じくらい大事なことがあります。塩は、保存食に欠かせないものです。それは、防腐のはたらきがあり、要は悪い菌を無力にする機能があるのです。わたしたちにもこういった腐らせる菌と同じものを心に持っています。罪です。罪の結末は死と滅びです。罪の問題を解決するには、罪なき方が身代わりとなって死なれたあのイエス様の十字架の贖いの業をわがものとして信じるしかありません。人生にとっての塩け、それは誠の神様とその救いを信じることにほかなりません。あなたも人生に不可欠な塩を得て、塩けのある人生をおくってください。

8月19日 「戻って来たサマリヤ人2」 ルカ 17:11〜19  

 らい病人のうち、いやされた後、イエス様のところに戻ってきたのは1人だけでした。その人はサマリヤ人でした。サマリヤ人はユダヤ人から人種差別されていました。しかし病気のときは、人種など関係なく、同じ病気のユダヤ人と一緒に生活していました。でも病気が治ったとなると、人種差別という別の問題が生じてしまいます。ですから病気が治っても、幸せを得ることができません。だからこそ、このサマリヤ人は「自分にとって一番大切なものは、神様が与えてくださるものだ。」ということに気がついたのです。私たちも人生の中でいろいろな問題にぶつかります。でも私たちは一番大切なことを忘れてはいけません。それは神様の愛です。神様は私たち人間を、いのちを捨てるほど愛してくださいました。この愛に応えて、神様の救いを受け取ってくださいますように。

8月12日 ローマ人への手紙 8:31〜39より    

 私たちは、程度はどうあれ攻撃を受けている。外部からキリスト信仰の真偽について指摘されたり、内なる声として「キリスト者として今の生き方のままでよいのか」という自問自答である。いずれにせよ、私たちが、まだ罪赦されていないのではないか、罪がまだ未解決ではないか、キリストに従ってそれで本当によいのか、という罪の解決にかかる信仰にあえて疑いを生じさせようとする攻撃である。
 その攻撃に対し、私たちは圧倒的な勝利を与えて下さる三位一体なる唯一の神様が33節から35節に記載されているように、各御人格が味方として守って下さることを読み取ることができる。
 私たちが想像を超える苦難に遭っても、神様が全人格的に、どんな時でも守って下さることを御言葉の約束から知り、信じて、さらに感謝して歩んでいこう。

8月5日 「主は私の羊飼い」  −詩篇23編−    

  人生には仕事・人間関係・お金・自分や家族の健康など様々な問題が起こります。そんなとき、皆さんの中で神様が小さくなっていませんか。神様に頼らず、自分の力だけで問題を解決しようとしていませんか。ダビデはこの詩篇を書いた時、多くの問題を抱えていました。周りの国々とは戦争状態であり、常に命を狙われていました。しかし、そのような状況にあっても、ダビデの心はいつも平安で満たされていました。なぜでしょうか。 詩篇23編にその答えがあります。
@主は羊飼い 羊飼いが命がけで羊を守るように、神様は私たちを命がけで守って下さいます。最悪の状況でも神様は共にいて、私たちを正しい方向へ導いて下さいます。
A主は執事 神様はどんな状況のときも、私たちを最上級にもてなして下さいます。私たちがどこへ行っても、良いものがいつも後を追いかけてくるのです。
 私たちが抱えているどんなに大きな問題も、神様に比べたらちっぽけなものです。解決策は神様がすべてご存知です。神様は偉大な方です。神様に祈り、御言葉を思い巡らし、信頼して歩むことをお勧めいたします。


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7月29日 医者を必要とするのは、病人です。(中略)私は、罪人を招いて悔い改めさせるために来たのです。 
ルカによる福音書より

 「病んでいる」この言葉から連想するところ「社会が病んでいる」と思い浮かぶ方が多いだろう。「社会が悪い。」そう考えて、私の人生がうまくいかないのは、政治が悪い、社会が悪いと考える。しかし、どうだろう。私の人生の責任は、私が責任を負うべきではないのだろうか。「責任転嫁」をすぐにする、私の心も、社会と動揺に病んでいる。
 罪に冒された心の病人だ。これが癒されるには、医者の力が必要だ。罪の心を癒される医者・・・それはイエス・キリストだ。イエス・キリストは心の名医だ。名医の3カ条があると思う。理解・万能・救助だ。理解・・・神様であるイエス様は、人間の頭の毛さえも数えておられる最高の理解者だ。万能・・・治癒できない心はない。すなわち、赦せない罪は神様にはない。救助・・・本当に困っている人を救助するとき、その人のなりを考慮するだろうか?たとえ地位のある無いにも関わらず、救助しないだろうか。
イエス様は救い主だ。どんな方をも救ってくださる救い主だ。3カ条をクリアするすばらしき心の名医、イエス様を信じて、救いを手に入れ、さらにこの方に従おう。感謝。

7月22日 「神様の警告」  −オバデヤ書より−   

 オバデヤの預言は主がエドムの町を滅ぼすということでした。何度も主はオバデヤを通してエドムの人たちにそのことを警告しましたが、彼らは受け入れず、また町が紀元前586年に滅びる時も見て見ぬふりをしたり、仲間を敵の奴隷に引き渡したりしていました。
 この歴史上の出来事は私たちへの警告でもあります。神様は福音を知らせておられますが、そのことを受け入れない者は死んだ後裁きを受けます。このエドム人たちのように見過ごさず、自分のこととして聖書の、神様の言葉に耳を傾けてください。

7月15日 「死の先にあるもの」 マタイの福音書 6:26,27 

 世の中の人は「死」とか「苦しみ」を連想させる言葉を縁起が悪いと言って避ける人が多いですが、私たちクリスチャンにとって死とは忌み嫌い避けるものではありません。むしろ死の先に希望を持って人生を歩んでいます。これがクリスチャンの素晴らしさではないでしょうか?
私たちはこの事実に誇りを持って歩もうではありませんか。

 空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。

7月8日 「罪について」 ローマ人への手紙 3章10〜18・23.24節 

罪の本質は自分を中心にものを考えることである。そして我々は日々罪を犯すが、世間一般で言われている罪と聖書に記されている罪の基準は大きく異なっている。その最たるものが主の存在を認めないことである。
 主を認めずに歩むという罪を犯していた私達を救うために、イエス様を遣わしてくださった神様の愛と恵みを今一度覚えて歩みたい。
 すべての人は罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。                                  ローマ3:23.24

7月1日 「戻って来たサマリヤ人」ルカの福音書17章11〜19節  

 「イエス様、どうぞあわれんでください。」と叫ぶ10人のらい病人に対して、イエス様は「行きなさい。自分の祭司に見せなさい。」と指示されただけでした。簡単なことでしたが、彼らはその言葉を信じて従うことによっていやされました。
 すべての人間は罪人であり、その罪ゆえに永遠の滅びに行き、神様に裁きを受けなければならないと聖書は警告しています。しかし、イエス様が自分の罪を背負い、十字架で身代わりになって、神様の裁きを受け、死んでくださいました。私たちはその真実を信じるだけで、罪を許され、永遠の天国へ行ける者とされるのです。私たち人間は疑い深いものです。でも、いやされた10人のらい病人のように、神様の言葉を信じて従うとき、神様からの大いなる恵みを受けとる者になれるのです。


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6月24日 「主が戸を閉じられた」  創世記:6〜8章 

 ノアはこの時代唯一神様に従っていると神様が認めていた人間でした。堕落し、神様を無視している人間を水によって滅ぼすと神様はノアに仰せられました。箱船を造り、そこにノアの家族ときよい動物を入れなさいという命令に対しノアは実に100年間神様の命令に従い、周囲の反対、ののしりをよそに作り続けました。とうとうその時が来て主は全ての肉なる物の雄と雌が箱船に入ったとき、神様はノアのうしろの戸を閉ざされました。
 現代の私たちも全て神様の決定により生かされ、福音を聞き、そして命を取られます。その時は主(神様)が決めるのです。是非神様の愛を主が戸を閉ざされる前に知ってください。

6月17日 「彼に聞き従いなさい」 ルカの福音書9章28〜36節 

 イエス様は弟子たちに「多くの苦しみを受け、捨てられ、殺され、3日目によみがえる。」と語られた後、弟子たちを山に導き、こ自分の栄光に輝く姿を見せられました。しかしペテロはここで「幕屋をつくる」ことを提案しました。彼はこれからイエス様とともに経験する苦しみや悲しみを避け、目の前のすばらしいところにとどまりたいと願ったのです。私たちも何かすばらしい状況が続くと、「ずっとこのままがいい。」と思います。でも私たちの人生には通過しなければならない苦しみや悲しみがあります。けれどもイエス様は私たちの苦しみ、悲しみを理解してくださっておられます。そして私たちが苦しみ、悲しみに立ち向かうことができるように導き、守っていてくださいます。私たちがそのことを信じるならば、イエス様に聞き従う者としての喜びと充実した人生があるのです。

6月10日 「3つの真実」   ローマ 1:18〜2:1   

 この箇所から神様は私たちに3つの真実を教えておられます。
@神様の存在 神様の存在と言えば、多くの方は宗教的に捕らえますが、神様の存在は宗教の範疇ではありません。真理か真理でないかただそれだけです。
A全ての人は罪人である 世の中の多くの人は、常に不安を抱えています。それは、日々犯している罪に対する裁きがあるのではないかという不安です。
B裁きがある 社会では起きている現象だけしか見ませんが、神様は心の中も知っておられます。社会では見つかったときだけ裁かれますが、神様は見つからなかったことも裁かれます。神様の基準はパーフェクトです。パーフェクトでない者は間違いなく裁かれます。
 この世の中で聖書ほど歴史に影響を与えた書物はありません。神様は歴史を通し聖書を通して私たちに教えておられます。死後の裁きに対する神様の救いを受け入れてくださいますよう心からお勧めいたします。

6月3日 「名前について」  イザヤ書43章1〜3節   

 この箇所から神様の愛と恵みが学べます。神様は、あなたの名前を呼んでおられます。あなたが水の中・川の中・火の中、どんな苦難の中にあっても共にいてくださいます。神様は「あなたは高価で尊い存在である」と言っておられます。
「悔い改め」
 悔い改めは私たちが救われるためにとても大切なことです。反省するのとは違います。反省は車の運転に例えるとバックです。バックしても方向を変えませんから、また同じことの繰り返しです。それと違って悔い改めはUターンです。180度方向転換します。生き方・考えを神様の方向に向けて生きるのです。自分の罪を認め、悔い改めてイエス様を信じる事が大切です。

5月27日 「金持ちとラザロ」  ルカ16:19〜 

聖書は「本の中の本」といわれています。それは、偽りの本ではなく真実の本なのです。
この聖句からは3つのテーマが読み取れます。
1.誰でも人間は必ず死ぬということ
2.死んで終わりではないということ
3.神様を受け入れるか受け入れないか
金持ちであるから天国または地獄、貧乏であるから天国または地獄ではなく、私たちが神様を受け入れるか受け入れないかで死んで後の永遠が決定するのです。


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5月27日 「金持ちとラザロ」  ルカ16:19〜 

聖書は「本の中の本」といわれています。それは、偽りの本ではなく真実の本なのです。
この聖句からは3つのテーマが読み取れます。
1.誰でも人間は必ず死ぬということ
2.死んで終わりではないということ
3.神様を受け入れるか受け入れないか
金持ちであるから天国または地獄、貧乏であるから天国または地獄ではなく、私たちが神様を受け入れるか受け入れないかで死んで後の永遠が決定するのです。

5月20日 「神様の存在」  ローマ1章20節   

人間の身体の複雑さ(例えば心臓のような臓器の仕組み)を見た時に、また人間の身体の複雑さと地上のものとを比較したときに、明らかにだれかが創ったということがわかる。ではそれはいったいだれなのか?
 それは聖書に記された真の神様である。この神様の存在を、また、この神様の愛によって与えられたイエス様の救いを、今一度覚えたい。
 神様は人間を愛の対象として創られた。神様は人間を死後の永遠の裁きから救いたい。でも罪人のままでは救えない。それゆえ、神様は罪人である人間の身代わりに、罪のないイエス様を十字架につけたのです。

5月13日 「本当の幸せを得るために」 第一コリント15:1〜4 深井 晃 牧師

あなたの人生は一度きりしかありません。そして、いつか終わりの時がやって来ます。しかし、それだけで終わりではなく、死後に永遠の裁きが待っています。多くの人は、そこで自分の人生の間違いに気付くのですが、もはや手遅れです。なぜなら死後永遠の裁きに行くかどうかは、生きている間に決まってしまうからです。どうすればいいのでしょうか。第一に、あなたが生きている間に、「自分は罪人である」と認めることです。次に、あなたの罪の身代わりに、イエス・キリストが十字架に架かって死なれ、葬られた後3日目によみがえられたことを信じることです。そうすれば、あなたは死後の永遠の裁きから救われ、天国に入る者となることができます。本当の幸せは、この世で物質的に満たされることによってではなく、死後の永遠の裁きから救われることによって得ることができるのです。あなたも、イエス・キリストをご自身の救い主と信じ、本当の幸せを得る者となってください。

5月6日 「悪魔からの誘惑」 ルカの福音書4章1〜13節  

イエス様は悪魔からいろいろな誘惑を受けられました。しかしイエス様は奇跡を行わず、みことばを引用して対処されました。悪魔はイエス様を誘惑することに失敗しました。しかし悪魔は私たちクリスチャンに対しても誘惑の手を尽くしています。私たちは罪を犯してしまっても、悪魔が行くべき所、地獄に行くことはありません。しかし悪魔は、私たちクリスチャンが証ししなくなるように、未信者と何ら変わらない考えや歩みをするように、あの手この手で誘惑してくるのです。私たちは悪魔より弱い存在です。しかし私たちには、悪魔の誘惑に勝たれたイエス様がいらっしゃいます。イエス様はいつも私たちを見守り、支えてくださいます。そのことをしっかり覚えておきましょう。


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4月29日 「霊的とは」 エペソ人への手紙1:2節  

 霊的と訳されている言葉は英語で「スピリチュアル」である。これは最近世間で流行とされている「スピリチュアルカウンセラー」などを連想させるが、今世間で言われている「スピリチュアル」は聖書が述べる聖霊なる神様とは意味がまったく違い、偶像や霊的なものを総称している。聖書の言葉をそのまま正反対の意味として扱うなど、人間の罪深さは恐ろしいものである。
 世の中はまやかしに満ちているが、真実を求めるならば答えは聖書にしかない。私たちの犠牲となられたイエス様の恵みを受け入れるなら、聖書は誠の神様に根付く「霊的」祝福を与えてくださる。感謝と同時に、神様に反逆する世的な思考には警戒したい。

4月22日 イザヤ書 42:3-4より 坂井兄

彼はいたんだ葦を折ることもなく、くすぶる燈芯を消すこともなく、まことをもって公義をもたらす。彼は衰えず、くじけない。ついには地に公義を打ち立てる。島々もそのおしえを待ち望む。

 今日は日本の暦で“葭始生”(あしはじめしょうず)です。葭とは葦(植物)のことです。哲学者パスカルが“人間は考える葦である”とかつて言いましたが、この植物は昔、聖書の素材として使われていました。聖書を作る職人は傷のない葦だけを使用して作品を作り、傷のあるものは折って捨てていました。この聖句の前半は傷のある私たちを神様は見捨てず、灯火のないランプのようなものでも見捨てないことを意味しています。そして、葦の特徴である根っこの長さは私たちの信仰、風や水に逆らって歩むのではなく、ありのまま神様に日々をゆだねることが理想であるという意味でも葦は人間のたとえとして使われます。

4月15日 「進化論と創造論」  

進化論=・他人を尊ばない ・自分勝手な生き方【競争社会】
創造論=・他人の事を自分の事の様に考える・犠牲をいとわない【神様に拠り頼む社会】
聖書は科学がこれまで解明するまで人間にはわからなかった真理が、すでに書かれていた。
星の数は地球上の砂粒ほどあること ………創世記22:17
地球は他の星と異なり水の惑星である……創世記1:2-10
地上の風と水の循環のこと ………………ヨブ36:27-29
地球が球形で空間に浮かんでいる …………ヨブ26:7,10
いまだ人類に不明の部分は山ほどあるが、聖書に書かれている科学的真理を、人は順を追って学んでいっているにすぎない!!

4月8日 「神の存在」 詩篇 19:1〜3・ローマ 1:19,20   

 私たちの身の回りには緻密な設計により作られたものがたくさんあります。それらは人が作ったものですが、人が作ったもの以外のものにも実に緻密な設計の跡を見る事ができます。それらは誰が設計して作ったものでしょうか?それは神様です。素晴らしい自然の景色や緻密な人体の仕組みなどを見る時、私たちは改めて神様の知恵の凄さに感動します。
以下のホームページを見ると神様のすばらしい創造の業を見る事ができます。
http://knuttz.net/hosted_pages/Clouds-20070221
http://reference.aol.com/space/auroras
http://www.spacetelescope.org/images/archive/top100/

4月1日 「神様の愛そして力2」 マルコの福音書5章1〜17節 

 悪霊は人との交わりを拒み、イエス様に関わろうとせず、人間にはどうすることもできない力を持った存在です。その悪霊はあらゆる所ではたらいており、人間はその影響を受けています。
 一つの例ですが、携帯電話の奴隷になっている人がいます。携帯電話は使い方を間違うと、人を死に追いやることもあります。同じように、いろいろなものの奴隷になっている場合があります。
 自分にも悪霊の力が及ぶことを認識するべきです。しかしイエス様は、この悪霊につかれた人を救われたように、私たちを愛し、罪の奴隷から、そしていろいろな奴隷から解放してくださいます。そのためにご自分の尊い命を犠牲にされました。このすばらしい神様の愛に感謝し、そして神様の力を信頼して歩んでください。

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3月25日 「聖書とは」  第二テモテ3:12〜17 

  聖書(バイブル)とは、本の中の本という意味です。聖書は旧約と新約に分かれており、旧約聖書はイエス様以前、新約聖書はイエス様以後の「神様の人に対する約束」が記されています。聖書は神の霊感によると記されていますが、神様が示して下さった啓示を間違うことなく、足りないところなく、これを正しく書き表すために、聖書の原著者たちに与えられた聖霊の特別な働き、これを霊感と言います。聖書記者たちが間違った事を書かないように、背後で全知全能なる神様が働いておられるという意味です。聖書の中心は、イエス・キリストです。地獄へ向かっている人間を救うためにイエス様はこの世に来られました。その神様による救いを知らせるために聖書は書かれたのです。

聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです。聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。第二テモテ3:16

3月18日 「変わらないもの」  ヘブル人への手紙13章8節より   

 今の世の中は良くも悪くもどんどん変化しています。昔は夢の中でしか見れなかったような出来事が今は当たり前のように起こっています。特にこの数年間は未だかつてなかったほど世の中が大きく変化しており、10年後も今と同じ状態が続くかどうかなんて一切保障されていません。この変化の激しい世の中で日々不安を抱えて生きているのが、今の人々の現状ではないでしょうか。
 しかし、世の中でたった一つだけ変わらないものがあります。それは「神様の愛」です。この世の中がどんな変わっても、また私たちがどんなに変わっても、神様の愛は決して変わりません。この世にあるもの(変わるもの)を頼りにして生きているといつも不安がつきまといますが、変わることのないもの(神様の愛)を頼りにして生きているといつも平安があります。ぜひ、決して変わることのない「神様の愛」を頼りに生きる者となってください。
イエス・キリストはきのうも今日もいつまでも同じです。

3月11日 「律法に対する戦い」 ガラテヤ人への手紙5:25〜6:18

 「守れば祝福・守らなければのろい」というのが律法主義の原則です。この手紙が書かれた当時、ガラテヤ人の間では、律法を守らなければ、神の国に入ることはできないという考えが広まりつつありました。パウロはそのような間違った考えを正すためにこの手紙を書きました。ガラテヤ人の手紙には律法主義に対する戦いについて記されています。
 多くの人は救われるためには、行いや努力が必要であると考えます。このような考え方は律法主義に基づくものなのですが、この世の多くの人は律法主義の心(感性)を持っているので、この考えに賛成してしまうのです。このような感性をつぶしてしまわないと、神様の救いを正しく理解することはできません。真の救いは律法主義に基づくものではなく、神様の愛と恵みに基づくものだからです。

3月4日 「神様の愛そして力」 マルコの福音書5章1〜17節 

この悪霊につかれた人は自分のからだを傷つけるというように、自分が自分でない状態でした。イエス様はこの人を愛しておられました。悪霊がこの人を支配することをお許しにならなかったのです。そこで悪霊は豚の中に乗り移ることを願いました。その結果、2000匹の豚は湖になだれ込み、死んでしまいました。
 イエス様はこの悪霊につかれた人を救い出したかった。そのために豚を犠牲にされたのです。多くの豚よりも一人の命の方がはるかに価値があり、大切な存在であることを、奇跡でもって示されたのです。そしてイエス様は私たち人間に、もっとすばらしいことをして下さいました。神様を無視し、敵対し、滅んで当然の私たちを救おうとされました。それも多くの豚ではなく、ご自身が十字架について命を捨てて下さいました。それほどまでに私たちを愛して下さったのです。私たちはその大きな愛を知らなければなりません。

3月4日 「神様の愛そして力」 マルコの福音書5章1〜17節 

この悪霊につかれた人は自分のからだを傷つけるというように、自分が自分でない状態でした。イエス様はこの人を愛しておられました。悪霊がこの人を支配することをお許しにならなかったのです。そこで悪霊は豚の中に乗り移ることを願いました。その結果、2000匹の豚は湖になだれ込み、死んでしまいました。
 イエス様はこの悪霊につかれた人を救い出したかった。そのために豚を犠牲にされたのです。多くの豚よりも一人の命の方がはるかに価値があり、大切な存在であることを、奇跡でもって示されたのです。そしてイエス様は私たち人間に、もっとすばらしいことをして下さいました。神様を無視し、敵対し、滅んで当然の私たちを救おうとされました。それも多くの豚ではなく、ご自身が十字架について命を捨てて下さいました。それほどまでに私たちを愛して下さったのです。私たちはその大きな愛を知らなければなりません。


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2月25日 「天の御国」  マタイの福音書18章1〜14節 

「天の御国ではだれが一番偉いのか」と弟子たちが質問しましたが、これは間違った質問です。天の御国とは天国だけを指すものではありません。天の御国とは「神様の支配されたもう所」という意味があります。天国以外に教会・1000年王国等を指します。
 教会は、神様の恵みによって悔い改めた(神様の価値観に基づいて方向転換した)人々、すなわちイエス様のいのちと引きかえに救いに導かれた人々(クリスチャン)が集う場所です。神様にとって、クリスチャンはとても大事な人々です。この中に優劣などは存在しません。また、教会の中にこの世の間違った価値観を入れて、人々につまづきを与えてはいけません。
 一番大切なことは、一人でも多くの人が十字架に架かられたイエス様を信じ、天国へ入れるようになること、ただそれだけなのです。

2月18日 「やもめの献金2」 マルコの福音書12章38〜44節 

当時の律法学者は人の目を気にして、りっぱに外見を装っていましたが、内面は汚れていました。私たちも人の目を気にすることや外見を装うことにとらわれすぎて、自分自身を見失っていないでしょうか。そして自分を愛しているでしょうか。自分を愛することができないと、にせ物の生き方しかできません。
 神様に喜ばれる本物の生き方をするための出発点は「自分を愛すること」です。そのためには神様の愛を知らなければなりません。
 神様はひとり子であるイエス・キリストを人間の世界に遣わし、人間の罪をゆるすために、愛するひとり子を十字架で死なせました。それは私たち一人一人がかけがえのない、すばらしい存在であるからです。ぜひ私たちを愛しておられる神様を愛し、そして自分を愛し、人を愛する生き方に導かれますように。

2月11日 「神の愛と忍耐」  ローマ人への手紙 2章1節〜 

 ローマ人への手紙は 1.神の存在について 2.人間の罪と神の裁きについて 3.神の救いについて教えています。神様は、罪深い私たちを今すぐ永遠の裁きに入れても良いのですが、その愛のゆえに、私たちが生きている間、忍耐を持って、私たちに対する裁きを待ってくださっています。
 生きている間に、自分の罪に気付き、神の救いを信じ、受け入れた者だけが死後の永遠を天国で過ごす者となるのです。
 ですから、すべて他人を裁く人よ。あなたに弁解の余地はありません。あなたは他人を裁くことによって、自分自身を罪に定めています。裁くあなたが、それと同じことを行っているからです。・・・それとも、神の慈愛があなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かな慈愛と忍耐と寛容とを軽んじているのですか。

2月4日 「インフルエンザ・パンデミック」に備える 創世記41:28〜43 

 今、世界の至る所で鳥インフルエンザが発生しています。日本でも今年に入って、4ヶ所でH5N1型鳥インフルエンザが発生しました。わずか数十羽の鶏が死亡しただけで、検査を行い、1羽でもウイルスが見つかれば、数十万羽の鶏をすべて処分しています。なぜでしょうか。鳥インフルエンザは、感染していく中で突然変異を繰り返し、やがて、鳥から人へ、人から人へ感染する恐ろしい新型インフルエンザへと姿を変えていきます。1918年にスペイン風邪が流行し、全世界で4000万人以上の人が死亡しましたが、その正体が新型インフルエンザであることが最近わかりました。スペイン風邪はH1N1型という弱毒性のウイルスでしたが、今流行しているH5N1型は強毒性のウイルスです。このウイルスが新型インフルエンザに変異するとスペイン風邪以上の被害が出ると予測されています。今、世界中の国が必死になって新型インフルエンザの発生を食い止めようと努力しています。でも現在、新型インフルエンザはいつ発生してもおかしくない状況になっています。来たるべき新型インフルエンザの世界的大流行(パンデミック)に備えて、今から準備をしておくことをお勧めします。

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1月28日 「福音について」  ローマ人への手紙 1章16節〜

ローマ人への手紙を読むと ”福音” についてよく理解することができます。福音とは何でしょうか?福音とは ”よきおとずれ” という意味です。
 人は何故、死を恐れるのでしょうか?それは、死後、裁きを受けなければならないからです。人は、死後に裁きが待っていることを、本能的に知っているのです。死は消滅ではなく、そこから永遠が始まります。死後の永遠をどこで過ごすのか。それは人生最大の問題です。人間にとって、根源の問題・永遠の問題である死後の問題を解決してくれるのが ”福音”です。ですから、福音はすべての人にとって ”よきおとずれ” なのです。
 この世の出来事はやがて過ぎ去ります。でも神様と人との関係は永遠に過ぎ去ることはありません。神様の救い”福音” を、ぜひご自分のものとしてくださいますように・・・。
 不義をもって真理をはばんでいる人のあらゆる不敬虔と不正に対して、神の怒りが天から啓示(すべての人に明らかである)されているからです。 ローマ1:18

1月14日 「夢と目標を持とう」  ピリピ 3章12〜15節  

 皆さんは、将来の夢を持っていますか。私は将来こうなりたいとか、5年後・10年後にはこうなっていたいとか。人間、夢を持つ事はとても大切な事だそうです。人は夢を持つと努力をします。努力をする人は成長します。反対に夢を持たない人は、努力をしない人が多いそうです。努力をしないので成長しません。夢を持つ事が、人間成長につながるそうです。
 テレビで、イチロー選手が、夢について語っていた番組を見た事があります。イチローは夢を実現するために、一生懸命努力したそうです。努力していると、ある時に今まで夢と思っていた事が夢から目標に変わるそうです。夢が目標になったとき、その時が、夢が現実になる瞬間だと言ってました。
 1月は1年の中で目標を決めるのに一番良い時期です。皆さんも、夢や目標を持って、今よりも一歩成長した自分を目指してみてはいかがでしょうか。

1月7日 「やもめの献金」 マルコの福音書12章38〜44節  

 律法学者は当時のユダヤ教の宗教指導者です。しかしその多くはその役割から逸脱し、外見を装い、内面は汚れていました。それに対し、このやもめは人から笑われることを何とも思わず、生活費の全部を献金としてささげることができました。彼女はどうしてそのようなことができたのでしょうか。それは彼女が第一に、神様のことを意識していたからです。彼女は神様の関係において満ちあふれていました。さて、このやもめは自分の生活費全部を喜んでささげることができる価値のある方、まことの神様を信じていました。そのことは、彼女にとって幸いであった、恵みでありました。そしてこのやもめと同じように、まことの神様を信じているのが、私たちクリスチャンです。それは私たちにとって本当に幸いなことであり、恵みなのだということを忘れてはなりません。

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